
最終更新日99/6/30
再処理工場の主な事故| ●英セラフィールド(ウインズケール)再処理工場 |
| 1973.9.26 | 軽水炉燃料用の前処理施設で、ルテニウム-106の放出事故。施設内の35人は全員避難したが、31人が肺に対する許容限度の150ミリシーベルトを超え、うち1人は7500ミリシーベルト(最初の1年間についての評価。一生では15シーベルト)の被爆。前処理施設は、閉鎖に。 |
| 1979.3 | 放射性廃液が地下の土壌に漏出。 |
| 1979.7.16 | 箭断工程のセル内でジルコニウム火災が発生。セシウムを放出、6人が汚染。 |
| 1983.11.12〜13 | 大量の放射能を含む廃液が放出され、海草とともに海岸に打ち上げられた。海岸線は25マイルにわたって閉鎖される事態に。その後も、放射能漏れ事故はあとを絶たず。 |
| 1986.2.5 | 配管からのプルトニウム漏れで、労働者11人が汚染。環境に185万ベクレルのプルトニウムを放出。 |
| 1992.9.8 | 約30リットルのプルトニウム溶液漏れ。計測機器は漏洩の早期検知に失敗。 |
| 1994.3.29 | 運転開始直後の新工場THORPの硝酸供給施設で4トンの硝酸漏れ。 |
| ●仏ラ・アーグ再処理工場 |
| 1980.4.15 | 変圧器火災で工場が全面的に停電。高レベル廃液のタンクが沸騰しはじめ、臨界制御系や換気系も重大な危機に。13時間後に海軍の移動用発電機が運ばれて廃液の冷却はできるようになったものの、換気系などはまる1日、機能が回復できなかった。 |
| 1981.1.6 | ガス冷却炉燃料の被覆管が地下貯蔵庫で発火、施設のひろい範囲にわたってセシウム汚染。400人の労働者が最大57ミリシーベルトの被爆。 |
| 1988.夏 | 新設のUP-3施設で溶解槽にひび割れを発見。 |
| ●露トムスク再処理工場 |
| 1993.4.6 | 溶液タンクで有機化合物の爆発事故。建物を破壊し、敷地外に放射能放出。20キロ先まで高濃度に汚染。 |
| ●東海再処理工場 |
| 1978.8.24 | 酸回収蒸発缶に穴があき、蒸気系に放射能漏れ。除染と缶の交換で1年間運転を停止。 |
| 1979.2.9 | 廃棄物処理場内から新川へ放射性廃液流出。 |
| 1981.1.23 | 溶解槽からの送液配管2本が目詰まり。25日にはもうひとつの溶解槽配管1本、29日にさらに1本の配管も目詰まり。 |
| 1981.2.4 | プルトニウム溶液の誤送により、臨界設計のないタンクにプルトニウムが入る。 |
| 1981.2.6 | 酸回収精留塔に穴があき、放射能漏れ。 |
| 1981.2.17 | 分析所で蒸気系が停電で停止。38人が緊急避難。 |
| 1981.4.15 | 一般排水から新川に放射性廃液流出。 |
| 1981.9.12 | プルトニウム精製第二抽出器でプルトニウム濃度が異常上昇。 |
| 1982.4.11 | 溶解槽に穴があき、蒸気系に放射能漏れ。もうひとつの溶解槽で片肺運転。 |
| 1982.9.6 | 溶解槽に、さらに別の穴があき発見と発表。 |
| 1983.2.18 | 片肺運転をしていた方の溶解槽にも穴あき。また、酸回収蒸発缶にも穴あきが見つかり、2年間運転停止に。 |
| 1985.12.18〜24 | 1億5000万ベクレルのヨウ素-129を異常放出。 |
| 1989.9.27〜10.3 | 7000万ベクレルのヨウ素-129を異常放出。 |
| 1991.2.13 | 労働者1人が感電死し、高放射性廃液貯蔵所などが停電。非常用電源が故障で入らず、約1時間半にわたって電源喪失。 |